新宿区

高田・西新宿ルート

高田馬場から神田川沿いの面影橋を経て、西新宿の十二社熊野神社まで歩く散歩ルート。

景の数4景
出発東京メトロ・都電荒川線 早稲田駅
到着都営大江戸線 都庁前駅
歩く距離約8.6km(寄り道を除く)
所要の目安歩き約108分+各所の滞在
泊まるなら新宿・高田馬場 新宿は宿の選択肢が最も多いエリア。深夜の移動にも困りません。
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Theme:馬場と杜、二つの郊外行楽地

神田川沿いの馬場と橋から、西新宿の杜に鎮座する古社まで。都心の高層ビル街に埋もれた、江戸郊外の行楽地の記憶をたどるルート。

歩く順番

  1. 第1景 高田の馬場穴八幡宮(高田馬場流鏑馬の地)
  2. 第2景 高田姿見のはし俤の橋砂利場面影橋
  3. 第3景 角筈熊野十二社俗称十二そう十二社熊野神社
  4. 第4景 玉川堤の花新宿御苑(新宿門周辺)

浮世絵は歌川広重「名所江戸百景」(安政3〜6年、1856〜1859)。図版番号は太田記念美術館の展示リスト番号を便宜上使っています。住所・最寄り駅は各社寺・自治体の公開情報にもとづく目安です。

高田・西新宿ルートの4景

第1景 図版番号 100 安政4年(1857)2月

高田の馬場(たかたのばば)

歌川広重「名所江戸百景 高田の馬場」
歌川広重「名所江戸百景 高田の馬場」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
穴八幡宮(高田馬場流鏑馬の地)の現在の様子
Photo by Daderot, Wikimedia Commons(CC0)
いまの場所穴八幡宮(高田馬場流鏑馬の地)
住所新宿区西早稲田2-1-11
最寄り駅東京メトロ 早稲田駅から徒歩3分
滞在の目安約15分

馬場を駆ける騎馬武者と、それを見物する人々を描いた一枚。まっすぐに整備された馬場と、奥に広がる田園風景の対比が、郊外らしいのどかさを伝えています。実際の馬場は今の「高田馬場」駅一帯ではなく、少し離れたこの地にありました。今も続く「高田馬場流鏑馬」の神事が、穴八幡宮を通じてその記憶を伝えています。

高田馬場は元和8年(1622)、幕府が旗本の馬術・弓術の鍛錬のために設けた馬場です。今も続く「高田馬場流鏑馬」は、8代将軍・徳川吉宗が世嗣の疱瘡平癒を祈願して奉納させたのが始まりと伝わり、現在も穴八幡宮の神事として毎年10月に近くの水稲荷公園(旧・箱根山)で執り行われています。地名は現在の「高田馬場」駅周辺にも受け継がれていますが、実際の馬場は少し離れたこの一帯にありました。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE

第2景 図版番号 96 安政4年(1857)正月

高田姿見のはし俤の橋砂利場(たかたすがたみのはしおもかげのはしじゃりば)

歌川広重「名所江戸百景 高田姿見のはし俤の橋砂利場」
歌川広重「名所江戸百景 高田姿見のはし俤の橋砂利場」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
面影橋の現在の様子
Photo by Tak1701d, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0 / GFDL)
いまの場所面影橋
住所新宿区side高田1丁目・豊島区高田1丁目
最寄り駅都電荒川線 面影橋停留場からすぐ
滞在の目安約15分

神田川に架かる姿見の橋(現・面影橋)と、川べりの砂利場を描いた一枚。橋の名の通り、水面に姿を映して眺める風流な行楽地として親しまれた様子が伝わってきます。橋の名は「姿見の橋」から「面影橋」に変わりましたが、今も都電荒川線の停留場名にその名を残しながら、同じ場所に橋が架かり続けています。

「姿見の橋」「俤(面影)の橋」は同じ場所を指す橋の別名とされ、在原業平がこの水面に姿を映したという伝説にちなむと伝わります。神田川沿いは桜の名所としても知られ、現在も都電荒川線(東京さくらトラム)の「面影橋」停留場のすぐそばに、その名を受け継いだ橋が架かっています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A2%E5%BD%B1%E6%A9%8B_(%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD)

第3景 図版番号 43 安政3年(1856)7月

角筈熊野十二社俗称十二そう(つのはずくまのじゅうにそうぞくしょうじゅうにそう)

歌川広重「名所江戸百景 角筈熊野十二社俗称十二そう」
歌川広重「名所江戸百景 角筈熊野十二社俗称十二そう」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
十二社熊野神社の現在の様子
Photo by R96340, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所十二社熊野神社
住所新宿区西新宿2-11-2
最寄り駅都営大江戸線 都庁前駅から徒歩5分
滞在の目安約15分

熊野十二社の杜と、その脇に広がる池を描いた一枚。手前の茶屋で涼む人々の姿から、江戸庶民が郊外まで足を延ばして楽しんだ行楽地としての賑わいが伝わってきます。十二社池は戦後に埋め立てられましたが、神社は超高層ビル街となった西新宿の一角で600年以上その地を守り続けているため、この境内を現在地としています。

室町時代、諸国を旅した鈴木九郎という人物が、故郷紀州熊野の十二所権現をこの地に勧請したのが始まりと伝わります。江戸時代には社の脇に広がる「十二社池」が滝と共に行楽地として賑わい、「十二社」の名で親しまれました。池は戦後に埋め立てられましたが、神社は現在も超高層ビル街となった西新宿の一角、新宿中央公園に隣接する形で600年以上その地を守り続けています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA)

第4景 図版番号 71 安政3年(1856)2月

玉川堤の花(たまがわつつみのはな)

歌川広重「名所江戸百景 玉川堤の花」
歌川広重「名所江戸百景 玉川堤の花」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
新宿御苑(新宿門周辺)の現在の様子
Photo, Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.5)
いまの場所新宿御苑(新宿門周辺)
住所新宿区新宿1丁目
最寄り駅東京メトロ丸ノ内線 新宿御苑前駅から徒歩5分
滞在の目安約15分

玉川上水の堤に咲き誇る満開の桜並木を描いた一枚。実はこの桜、描かれてすぐに撤去されてしまった「幻の名所」でした。桜並木は伐採されて跡形もありませんが、描かれた玉川上水の堤は今の新宿御苑・新宿門付近にあたると考えられるため、その一帯を現在地としています。

安政3年(1856)2月に植えられた桜並木は評判を呼びましたが、「御用木」に指定されていたことが幕府の目に留まり、わずか1ヶ月後には伐採が命じられたと伝わります。現在の新宿御苑・新宿門付近にあたる場所と考えられています。

出典・参考:https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu004031/

このルートのグルメ

牛めし・カツライス 三品食堂

昭和40年(1965)創業、早大西門通り沿いの学生街の名物食堂。「学生が喜ぶものを」と牛めし・カレー・とんかつの三品を看板に掲げてきた。

東京都新宿区西早稲田1-4-25

公式・参考
地鶏焼き鳥
炭火焼き鳥 串かど 新宿本店 (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)

地鶏焼き鳥 串かど 新宿本店

新宿の炭火焼き鳥の人気店。厳選した地鶏を備長炭でじっくり焼き上げる、香ばしい一本一本が名物です。

東京都新宿区新宿3-32-5

公式・参考

ほかのルート