千代田区

神田ルート

神田駅から御茶ノ水駅まで、神田明神・湯島聖堂・秋葉原をめぐる散歩ルート。

景の数4景
出発JR・東京メトロ 神田駅
到着JR 御茶ノ水駅
歩く距離約1.8km(寄り道を除く)
所要の目安歩き約24分+各所の滞在
泊まるなら神田・秋葉原 中央線・山手線の乗り換え拠点。神田明神まで歩いて行ける距離です。
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Theme:学問と鎮守の町

湯島聖堂の学問、神田明神の信仰、そして八ツ小路の賑わい。江戸の知と信仰が交差した神田の一角を歩きます。

歩く順番

  1. 第1景 神田紺屋町神田紺屋町跡(東神田・岩本町エリア)
  2. 第2景 筋違内八ツ小路万世橋・秋葉原周辺
  3. 第3景 昌平橋聖堂神田川湯島聖堂・昌平橋
  4. 第4景 神田明神曙之景神田明神(神田神社)

浮世絵は歌川広重「名所江戸百景」(安政3〜6年、1856〜1859)。図版番号は太田記念美術館の展示リスト番号を便宜上使っています。住所・最寄り駅は各社寺・自治体の公開情報にもとづく目安です。

神田ルートの4景

第1景 図版番号 79 安政4年(1857)11月

神田紺屋町(かんだこんやまち)

歌川広重「名所江戸百景 神田紺屋町」
歌川広重「名所江戸百景 神田紺屋町」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
いまの場所神田紺屋町跡(東神田・岩本町エリア)
住所千代田区東神田・岩本町付近
最寄り駅JR・東京メトロ 神田駅から徒歩10分
滞在の目安約10分

染め上がった反物を高い物干し台にずらりと干した、染物問屋の情景を描いた一枚。色とりどりの布が旗のようにはためく合間から富士山が覗く、大胆で装飾的な構図が魅力です。「紺屋町」の地名自体は昭和9年(1934)の住居表示変更で姿を消し、今は東神田・岩本町として、染物とは無縁のオフィス街になっています。

「紺屋町」は染物職人(紺屋)が集まって暮らした江戸の職人町のひとつでした。昭和9年(1934)の住居表示変更で「紺屋町」の地名自体は姿を消し、現在は東神田・岩本町として、染物とは無縁のオフィス街になっています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%94%B0%E7%B4%BA%E5%B1%8B%E7%94%BA

第2景 図版番号 81 安政4年(1857)11月

筋違内八ツ小路(すじかいうちやつこうじ)

歌川広重「名所江戸百景 筋違内八ツ小路」
歌川広重「名所江戸百景 筋違内八ツ小路」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
万世橋・秋葉原周辺の現在の様子
Photo by 妖精書士, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
いまの場所万世橋・秋葉原周辺
住所千代田区外神田1丁目付近
最寄り駅JR 秋葉原駅・神田駅からすぐ
滞在の目安約15分

筋違御門の内側に広がる広場「八ツ小路」を描いた一枚。8本もの道が集まる交差点は江戸有数の広さを誇り、大名行列や物売り、旅人たちで大変な賑わいを見せています。筋違御門は明治に取り壊され、その石材は最初の万世橋に転用されました。八ツ小路の広場は今の秋葉原一帯にあたるため、この場所を現在地としています。

「八ツ小路」の名は、この広場から外堀・神田川に架かる複数の橋(常盤橋・鎌倉河岸・昌平橋など)へ向かう道が放射状に集まっていたことに由来します。明治になり筋違御門は取り壊され、その石材は最初の万世橋建設に転用されました。現在この一帯は、世界的な電気街・アニメの聖地として知られる秋葉原に姿を変えています。

あわせて寄りたい:秋葉原電気街徒歩3分ほど

戦後の闇市から発展した世界的な電気街。近年はアニメ・ゲーム関連のショップも集まり、「オタク文化の聖地」としても世界中から観光客を集めています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F

第3景 図版番号 72 安政4年(1857)9月

昌平橋聖堂神田川(しょうへいばしせいどうかんだがわ)

歌川広重「名所江戸百景 昌平橋聖堂神田川」
歌川広重「名所江戸百景 昌平橋聖堂神田川」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
湯島聖堂・昌平橋の現在の様子
Photo by Reggaeman, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
いまの場所湯島聖堂・昌平橋
住所千代田区外神田2-1-14
最寄り駅JR・東京メトロ 御茶ノ水駅からすぐ
滞在の目安約15分

昌平橋の上から神田川を見下ろす構図で、夏の雨に打たれながら材木を運ぶ川船を描いた一枚。対岸には湯島聖堂の白壁が続いています。シリーズ中、雨を描いた数少ない作品のひとつです。湯島聖堂の白壁と昌平橋は今も神田川沿いの同じ場所にあり、絵とほぼ同じ位置から川を見下ろすことができます。

湯島聖堂は元禄3年(1690)、五代将軍・徳川綱吉が儒学を学ぶために建てた孔子廟です。後に幕府の学問所「昌平坂学問所」となり、明治以降は東京大学や日本の近代教育制度の源流のひとつともなりました。昌平橋の名も、孔子の生誕地・中国山東省の昌平郷にちなんで名付けられたものです。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%B3%B6%E8%81%96%E5%A0%82

第4景 図版番号 80 安政4年(1857)9月

神田明神曙之景(かんだみょうじんあけぼののけい)

歌川広重「名所江戸百景 神田明神曙之景」
歌川広重「名所江戸百景 神田明神曙之景」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
神田明神(神田神社)の現在の様子
Photo by Fg2, Wikimedia Commons(Public Domain)
いまの場所神田明神(神田神社)
住所千代田区外神田2-16-2
最寄り駅JR・東京メトロ 御茶ノ水駅から徒歩5分
滞在の目安約15分

夜明けの神田明神で、まだ茶屋の縁台も空っぽの中、神職・巫女・下働きの3人が朝の見回りを始める静かな一枚。前年の安政大地震(1855)からの復興を願う気持ちが、夜明けの光に込められていると言われます。神田明神は今も同じ場所に鎮座し、江戸三大祭のひとつ神田祭が隔年で続いています。

神田明神(神田神社)は、神田・日本橋・秋葉原など108の町を氏子に持つ「江戸総鎮守」です。5月の神田祭は、山王祭と並ぶ「江戸三大祭」のひとつとして、隔年で今も盛大に行われています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE

このルートのグルメ

あんこう鍋
Photo by 江戸村のとくぞう, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

あんこう鍋 いせ源

天保元年(1830)創業、あんこう料理専門店として知られる老舗。現在の建物は昭和5年(1930)築で、東京都選定歴史的建造物にも選ばれています。

千代田区神田須田町1-11-1

公式・参考
揚げまんじゅう・あんみつ
神田竹むらー1.JPG (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

揚げまんじゅう・あんみつ 竹むら

昭和5年(1930)築の建物が東京都選定歴史的建造物にもなっている神田須田町の甘味処。北海道小豆の自家製餡を使った揚げまんじゅうが名物。

東京都千代田区神田須田町1-19

公式・参考

ほかのルート