墨田区・荒川区・葛飾区

向島・墨田北ルート

亀戸方面の吾嬬神社から隅田川沿いを北上し、堀切菖蒲園まで歩く、水にゆかりの深い名所をめぐるルート。

景の数7景
出発東武亀戸線・JR 小村井駅
到着京成本線 堀切菖蒲園駅
歩く距離約12.1km(寄り道を除く)
所要の目安歩き約149分+各所の滞在
泊まるなら錦糸町・押上 スカイツリーのお膝元。このルートの各景へは私鉄で短時間で出られます。
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Theme:水辺の杜と花菖蒲

隅田川がカーブを描く墨田区北端から葛飾区堀切まで、水神の杜・古刹・花菖蒲園をたどる、少し長めの水辺散歩ルート。距離が長いので、区間によっては電車やバスを使うのもおすすめです。

歩く順番

  1. 第1景 吾嬬の森連理の梓吾嬬神社
  2. 第2景 請地秋葉の境内向島秋葉神社
  3. 第3景 隅田川水神の森真崎隅田川神社
  4. 第4景 木母寺内川御前栽畑木母寺
  5. 第5景 真崎辺より水神の森内川関屋の里を見る図関屋の里跡(素盞雄神社周辺)
  6. 第6景 綾瀬川鐘か渕鐘ヶ淵
  7. 第7景 堀切の花菖蒲堀切菖蒲園

浮世絵は歌川広重「名所江戸百景」(安政3〜6年、1856〜1859)。図版番号は太田記念美術館の展示リスト番号を便宜上使っています。住所・最寄り駅は各社寺・自治体の公開情報にもとづく目安です。

向島・墨田北ルートの7景

第1景 図版番号 50 安政3年(1856)7月

吾嬬の森連理の梓(あづまのもりれんりのあずさ)

歌川広重「名所江戸百景 吾嬬の森連理の梓」
歌川広重「名所江戸百景 吾嬬の森連理の梓」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
吾嬬神社の現在の様子
Photo by Beryllium Transistor, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所吾嬬神社
住所墨田区立花1-1-15
最寄り駅JR・東武亀戸線 亀戸駅から徒歩15分
滞在の目安約15分

二股に分かれながら根元でつながる、珍しい「連理の梓」の大木を大きく手前に描いた一枚。木の根元には小さな祠が祀られ、その奥に吾嬬神社の杜が静かに広がっています。描かれた二股の梓は明治43年(1910)の大水害で失われましたが、杜と社殿は今も同じ場所に残るため、この境内を現在地としています。

日本武尊の妃・弟橘媛が海神の怒りを鎮めるため入水し、後にその衣が漂着したという伝説から祀られたと伝わる古社です。かつて境内には二股の梓(あずさ)の大木があり「吾嬬の森」として名所江戸百景にも描かれましたが、明治43年(1910)の大水害で失われました。それでも杜と社殿は今も同じ場所に残り、地域の鎮守として大切にされています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%BE%E5%AC%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE

第2景 図版番号 91 安政4年(1857)8月

請地秋葉の境内(うけじあきばのけいだい)

歌川広重「名所江戸百景 請地秋葉の境内」
歌川広重「名所江戸百景 請地秋葉の境内」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
向島秋葉神社の現在の様子
Photo by Beryjapan, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所向島秋葉神社
住所墨田区向島4-9-13
最寄り駅東武伊勢崎線 曳舟駅から徒歩8分
滞在の目安約10分

秋葉神社の池に映る木々の影を、緑と紅葉の濃淡で描き分けた一枚。西洋画にも通じる「水面の反射」表現を取り入れた、広重晩年らしい実験的な構図です。秋葉神社は防火の神様として今も向島の同じ場所に鎮座しているため、その境内を現在地としています。

請地村の鎮守だった秋葉神社(千代世稲荷大明神として正応2年/1289年頃創建と伝わる)は、防火の神様として今も向島に鎮座しています。安政4年(1857)8月作。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A2%A8%E7%94%B0%E5%8C%BA)

第3景 図版番号 3 安政3年(1856)8月

隅田川水神の森真崎(すみだがわすいじんのもりまさき)

歌川広重「名所江戸百景 隅田川水神の森真崎」
歌川広重「名所江戸百景 隅田川水神の森真崎」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
隅田川神社の現在の様子
Photo by Higa4, Wikimedia Commons(CC0)
いまの場所隅田川神社
住所墨田区堤通2-17-1
最寄り駅東武伊勢崎線 鐘ヶ淵駅から徒歩10分
滞在の目安約15分

隅田川が大きく蛇行する「水神の森」の岸辺から、対岸の真崎(まっさき)方面を望む構図。手前の木々の緑と、川面に浮かぶ舟、遠くに広がる田園風景が描かれています。水神社は明治5年(1872)に隅田川神社と改称しましたが、今も堤通の隅田川沿いの同じ場所に鎮座しています。

水神の森は、その名の通り水運関係者から篤く信仰された水神社(現・隅田川神社)の鎮守の杜でした。治承4年(1180)、源頼朝が暴風雨に遭った際にこの神へ祈願したという伝説も残ります。明治5年(1872)に隅田川神社と改称し、現在も堤通の隅田川沿いに鎮座しています。

あわせて寄りたい:東白鬚公園徒歩3分ほど

隅田川神社のすぐ北に隣接する、川沿いに細長く延びる都立公園。防災拠点としての役割も持ち、川風を感じながら散策できる憩いの場です。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%85%E7%94%B0%E5%B7%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE

第4景 図版番号 61 安政4年(1857)12月

木母寺内川御前栽畑(もくぼじうちかわごぜんさいばたけ)

歌川広重「名所江戸百景 木母寺内川御前栽畑」
歌川広重「名所江戸百景 木母寺内川御前栽畑」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
木母寺の現在の様子
Photo by Abasaa, Wikimedia Commons(Public Domain)
いまの場所木母寺
住所墨田区堤通2-16-1
最寄り駅東武伊勢崎線 鐘ヶ淵駅から徒歩10分
滞在の目安約15分

木母寺の門前に広がる内川(うちかわ)沿いの畑を描いた一枚。畑の作物と、その奥に見える木母寺の甍、遠く雪をかぶった山並みまでが一望できる、のどかな冬景色です。堤防工事で元の場所からわずかに移りましたが、梅若の供養塔とともに隅田川神社のすぐ隣に今も残るため、そこを現在地としています。

木母寺は天禄元年(970)創建と伝わる古刹で、人買いにさらわれてこの地で亡くなった少年・梅若丸を弔う「梅若伝説」ゆかりの寺として知られます。この伝説は能「隅田川」など数々の古典芸能の題材にもなりました。堤防工事に伴い元の場所から少し移動しましたが、隅田川神社のすぐ隣に今も梅若の供養塔とともに残っています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%AF%8D%E5%AF%BA

第5景 図版番号 27 安政4年(1857)8月

真崎辺より水神の森内川関屋の里を見る図(まさきへんよりすいじんのもりうちかわせきやのさとをみるず)

歌川広重「名所江戸百景 真崎辺より水神の森内川関屋の里を見る図」
歌川広重「名所江戸百景 真崎辺より水神の森内川関屋の里を見る図」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
関屋の里跡(素盞雄神社周辺)の現在の様子
Photo by Higa4, Wikimedia Commons(CC0)
いまの場所関屋の里跡(素盞雄神社周辺)
住所荒川区南千住6丁目付近
最寄り駅JR・東京メトロ・つくばエクスプレス 南千住駅から徒歩8分
滞在の目安約15分

隅田川対岸の真崎から、水神の森と内川、そして関屋の里を見晴らす構図。手前を鷹狩り姿の行列が横切り、遠くに筑波山まで見渡せる、広々とした空間表現が魅力の一枚です。描かれた「関屋の里」という地名は今は使われていませんが、この一帯の総鎮守である素盞雄神社が、松尾芭蕉ゆかりの地としてその記憶を伝えています。

「関屋の里」は隅田川西岸、現在の南千住・千住付近一帯を指した古い地名です。この一帯の総鎮守である素盞雄神社(すさのおじんじゃ)は延暦14年(795)創建と伝わる古社で、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出発した地としても知られ、境内には芭蕉の句碑が残ります。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A0%E7%9B%9E%E9%9B%84%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E8%8D%92%E5%B7%9D%E5%8C%BA)

第6景 図版番号 31 安政4年(1857)7月

綾瀬川鐘か渕(あやせがわかねがふち)

歌川広重「名所江戸百景 綾瀬川鐘か渕」
歌川広重「名所江戸百景 綾瀬川鐘か渕」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
いまの場所鐘ヶ淵
住所墨田区墨田1丁目・堤通2丁目付近
最寄り駅東武伊勢崎線 鐘ヶ淵駅からすぐ
滞在の目安約10分

隅田川が大きく直角に曲がる淀み「鐘ヶ淵」を描いた一枚。手前には漁をする小舟が浮かび、対岸には木々と家並みが静かに広がっています。

「鐘ヶ淵」の名は、水没した寺の鐘がこの淀みに沈んでいるという伝説に由来します。川がちょうど指矩(さしがね、大工道具の直角定規)のように直角に曲がることから名付けられたとも言われます。明治期にはこの地に鐘淵紡績(後のカネボウ)が創業し、地名は工業の町としても知られるようになりました。現在は東武伊勢崎線の駅名として、その名を今に伝えています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E3%83%B6%E6%B7%B5

第7景 図版番号 70 安政4年(1857)閏5月

堀切の花菖蒲(ほりきりのはなしょうぶ)

歌川広重「名所江戸百景 堀切の花菖蒲」
歌川広重「名所江戸百景 堀切の花菖蒲」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
堀切菖蒲園の現在の様子
Photo by Nesnad, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0 / GFDL)
いまの場所堀切菖蒲園
住所葛飾区堀切2-19-1
最寄り駅京成本線 堀切菖蒲園駅から徒歩10分
滞在の目安約30分

菖蒲田越しに、初夏の花菖蒲を楽しむ人々を見下ろす構図。手前に大きく描かれた紫と白の花菖蒲が、シリーズ屈指の華やかさを見せる一枚です。菖蒲園は場所や経営者を変えながら守り継がれ、昭和34年(1959)に東京都が整備した現在の堀切菖蒲園で、今も絵さながらの光景を見ることができます。

堀切の花菖蒲園は江戸時代から続く、庶民に愛された花菖蒲の名所です。明治以降も何度か経営者や場所を変えながら守られ、昭和34年(1959)に東京都が買収して現在の「堀切菖蒲園」として整備されました。今も6月には約200種6,000株の花菖蒲が咲き誇り、江戸時代さながらの光景を見ることができます。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E5%88%87%E8%8F%96%E8%92%B2%E5%9C%92

このルートのグルメ

三色団子(言問団子)
Photo, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

三色団子(言問団子) 言問団子

慶応年間(1865-1868)創業、隅田川沿いに佇む老舗和菓子店。あんこ・白餡・味噌餡の三色団子「言問団子」は、在原業平の和歌にちなんで名付けられました。幸田露伴や竹久夢二ら文人にも愛された名店です。

墨田区向島5-5-22

公式・参考

草餅 志”満ん草餅

明治2年(1869)創業、隅田川土手のヨモギで作った草餅を渡し舟を待つ人に供したのが始まり。あん入り・あんなしの2種類があり、今も4代目が製法を守る。

東京都墨田区堤通1-5-9

公式・参考

ほかのルート