港区・品川区

品川・高輪ルート

神谷町駅から鮫洲駅まで、愛宕山・増上寺・高輪大木戸・品川宿をめぐる散歩ルート。

景の数6景
出発東京メトロ日比谷線 神谷町駅
到着京急本線 鮫洲駅
歩く距離約8.8km(寄り道を除く)
所要の目安歩き約118分+各所の滞在
泊まるなら品川・高輪 新幹線停車駅で羽田空港にも近い。旅の初日・最終日の拠点に向いています。
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Theme:東海道、江戸の玄関口

江戸から京へ向かう東海道の最初の関門、高輪大木戸から品川宿にかけての一帯。愛宕山から品川の海辺まで、江戸の南の玄関口を歩きます。

歩く順番

  1. 第1景 芝愛宕山愛宕神社
  2. 第2景 増上寺塔赤羽根増上寺
  3. 第3景 金杉橋芝浦金杉橋
  4. 第4景 高輪うしまち高輪大木戸跡
  5. 第5景 品川すさき利田神社
  6. 第6景 南品川鮫洲海岸鮫洲(品川宿南端)

浮世絵は歌川広重「名所江戸百景」(安政3〜6年、1856〜1859)。図版番号は太田記念美術館の展示リスト番号を便宜上使っています。住所・最寄り駅は各社寺・自治体の公開情報にもとづく目安です。

品川・高輪ルートの6景

第1景 図版番号 39 安政4年(1857)8月

芝愛宕山(しばあたごやま)

歌川広重「名所江戸百景 芝愛宕山」
歌川広重「名所江戸百景 芝愛宕山」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
愛宕神社の現在の様子
Photo by Chris 73, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
いまの場所愛宕神社
住所港区愛宕1-5-3
最寄り駅東京メトロ日比谷線 神谷町駅から徒歩5分
滞在の目安約20分

愛宕山の茶屋の主人が、正月恒例の「山盛り飯」神事で巨大なしゃもじを掲げる姿を描いた、ユーモラスな一枚。眼下に広がる江戸の町並みが、山の高さを物語っています。絵に描かれた眺めは高層ビルに変わりましたが、愛宕神社は今も同じ山頂に鎮座し、「出世の石段」も当時のまま残っています。

愛宕山は23区内で最も高い自然の山(標高26m)。山頂へ続く「出世の石段」は、三代将軍・徳川家光の命で梅の枝を取りに騎馬のまま石段を駆け上がった曲垣平九郎の伝説から名付けられました。大正14年(1925)、日本初のラジオ放送(JOAK)がこの山の頂上から発信され、今もその跡地にNHK放送博物館が建っています。

あわせて寄りたい:NHK放送博物館徒歩1分ほど

日本初のラジオ放送発祥の地に建つ、放送の歴史をたどれる無料の博物館。愛宕山の頂上、神社のすぐそばにあります。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AE%95%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%B8%AF%E5%8C%BA)

第2景 図版番号 48 安政4年(1857)正月

増上寺塔赤羽根(ぞうじょうじとうあかばね)

歌川広重「名所江戸百景 増上寺塔赤羽根」
歌川広重「名所江戸百景 増上寺塔赤羽根」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
増上寺の現在の様子
Photo by Ymblanter, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所増上寺
住所港区芝公園4-7-35
最寄り駅都営三田線 御成門駅・大門駅から徒歩5分
滞在の目安約20分

遠くに望む増上寺の朱塗りの五重塔と、手前の赤羽根橋を描いた一枚。塔の上部二層だけを大きく切り取る構図で、江戸のランドマークとしての存在感を伝えています。描かれた五重塔は東京大空襲で焼失してしまいましたが、寛永10年(1633)建立の三解脱門は戦火を免れて現存。増上寺境内はそのまま今の場所を指しています。

増上寺は徳川将軍家の菩提寺で、境内には歴代将軍6人の霊廟がありました。広重が描いた五重塔は東京大空襲で焼失しましたが、寛永10年(1633)建立の三解脱門(山門)は戦火を免れ、都内最古級の木造建築として今も現役です。すぐ隣には昭和33年(1958)完成の東京タワーがそびえ、新旧のランドマークが並び立つ景観になっています。

あわせて寄りたい:東京タワー徒歩5分ほど

増上寺のすぐ隣にそびえる、高さ333mの電波塔。建設には朝鮮戦争で使われた米軍戦車のスクラップ鉄も使われたと伝わります。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%97%E4%B8%8A%E5%AF%BA

第3景 図版番号 47 安政4年(1857)8月

金杉橋芝浦(かなすぎばししばうら)

歌川広重「名所江戸百景 金杉橋芝浦」
歌川広重「名所江戸百景 金杉橋芝浦」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
金杉橋の現在の様子
Photo by Abasaa, Wikimedia Commons(Public Domain)
いまの場所金杉橋
住所港区芝1丁目・浜松町2丁目
最寄り駅都営浅草線・三田線 大門駅から徒歩5分
滞在の目安約10分

東海道が古川の河口を渡る金杉橋を、白装束の参詣者たちが行き交う様子とともに描いた一枚。橋の向こうには芝浦の干潟と江戸湾が広がっています。芝浦の干潟は埋め立てられてオフィス街になりましたが、金杉橋は今も古川の同じ地点に架かっています。

かつての芝浦は、海苔や貝類が豊富に採れる遠浅の干潟でした。江戸前の海苔養殖の一大産地として栄えましたが、20世紀の埋め立てにより海岸線は大きく後退し、現在ではビル群が立ち並ぶオフィス街に姿を変えています。

あわせて寄りたい:芝大神宮徒歩10分ほど

寛弘2年(1005)創建と伝わる古社。「関東のお伊勢さま」として親しまれ、江戸時代には「だらだら祭り」と呼ばれる長期間の例大祭で賑わいました。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E6%B5%A6

第4景 図版番号 63 安政4年(1857)4月

高輪うしまち(たかなわうしまち)

歌川広重「名所江戸百景 高輪うしまち」
歌川広重「名所江戸百景 高輪うしまち」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
高輪大木戸跡の現在の様子
Photo by 江戸村のとくぞう, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所高輪大木戸跡
住所港区高輪3-14付近
最寄り駅JR高輪ゲートウェイ駅・都営浅草線 泉岳寺駅から徒歩5分
滞在の目安約10分

巨大な牛車の車輪を画面いっぱいに配した大胆な構図。高輪大木戸の外に広がる「牛町」の光景を、虹のかかる江戸湾を背景に描いています。関所そのものは廃止され、今は土塁の一部だけが国史跡として残るのみ。JRの高架と道路に挟まれた小さな緑地が、かつての関所の記憶を伝えています。

「牛町」の名は、寛永16年(1639)、増上寺などの建設資材を運ぶための牛がこの地に集められ、牛方(牛の御者)たちの集落ができたことに由来します。すぐそばの高輪大木戸は宝永7年(1710)、東海道から江戸市中への出入りを取り締まるために設けられた関所でした。現在は土塁の一部だけが国史跡として残り、JRの高架と道路に挟まれた小さな緑地になっています。

あわせて寄りたい:泉岳寺徒歩10分ほど

赤穂浪士47人の墓所があることで知られる曹洞宗の寺院。主君・浅野内匠頭の仇討ちを果たした四十七士は、本懐を遂げた後この寺の主君の墓前に集結しました。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E8%BC%AA%E5%A4%A7%E6%9C%A8%E6%88%B8%E8%B7%A1

第5景 図版番号 69 安政3年(1856)4月

品川すさき(しながわすさき)

歌川広重「名所江戸百景 品川すさき」
歌川広重「名所江戸百景 品川すさき」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
利田神社の現在の様子
Photo by Suikotei, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所利田神社
住所品川区東品川1-7-17
最寄り駅京急本線 北品川駅から徒歩7分
滞在の目安約10分

目黒川の河口に突き出た砂洲「洲崎」に鎮座する小さな弁天社を、松林と朱色の鳥居とともに描いた一枚。江戸湾の穏やかな漁村風景が広がります。埋め立てで海は遠のきましたが、鯨塚を伝える利田神社が同じ場所に残っているため、ここを現在地としています。

この弁天社(現・利田神社)は、寛政10年(1798)に品川沖に迷い込んだ鯨を捕獲した際、その骨を祀った「鯨塚」があることで知られています。当時この珍事は江戸中の評判となり、時の将軍・徳川家斉も見物に訪れたと伝わります。埋め立てが進んだ現在、神社は海から離れた住宅地の中に佇んでいます。

あわせて寄りたい:品川神社徒歩10分ほど

文治3年(1187)創建と伝わる、東海道品川宿の総鎮守。境内の富士塚に登れば、品川富士と呼ばれるミニチュアの富士登山が楽しめます。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE

第6景 図版番号 104 安政4年(1857)2月

南品川鮫洲海岸(みなみしながわさめずかいがん)

歌川広重「名所江戸百景 南品川鮫洲海岸」
歌川広重「名所江戸百景 南品川鮫洲海岸」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
鮫洲(品川宿南端)の現在の様子
Photo by Aimaimyi, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
いまの場所鮫洲(品川宿南端)
住所品川区東大井1丁目付近
最寄り駅京急本線 鮫洲駅からすぐ
滞在の目安約10分

浅瀬に立てた枝に育てた海苔を摘む女性たちの舟を描いた一枚。遠くに筑波山を望む、のどかな海辺の漁村風景が広がっています。海岸線そのものは埋め立てで大きく後退しましたが、旧東海道の道筋は今も品川区内に細い通りとして残り、往時の面影を伝える建物も点在しています。

「鮫洲」の名は、この浦でかつて鮫が捕らえられたという伝説に由来すると言われます。この一帯は東海道五十三次の第一宿・品川宿の南端にあたり、江戸随一の賑わいを見せた宿場町でした。海岸線は埋め立てで大きく後退しましたが、旧東海道の道筋は今も品川区内に細い通りとして残り、ところどころに海鼠壁の土蔵など往時の面影を伝える建物が残っています。

あわせて寄りたい:鈴ヶ森刑場跡徒歩15分ほど

慶安4年(1651)に設置された江戸時代の処刑場跡。由井正雪の乱の関係者や八百屋お七など、歴史上有名な人物もここで処刑されたと伝わります。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%81%E5%B7%9D%E5%AE%BF

このルートのグルメ

そば会席 立会川 吉田家

安政3年(1856)創業、名所江戸百景が描かれたのとまさに同じ時代から続く老舗そば店。坂本龍馬や山岡鉄舟も通ったと伝わります。

品川区東大井2-27-4

公式・参考

どら焼き・塩大福 桝翁軒

嘉永2年(1849)、江戸品川宿にて創業した和菓子店。旧東海道沿いの北品川で、200年近く変わらぬ味を守り続けている。

東京都品川区北品川1-2-8

公式・参考

ほかのルート