芝・三田ルートの5景
第1景 図版番号 57 安政3年(1856)7月
広尾ふる川(ひろおふるかわ)
歌川広重「名所江戸百景 広尾ふる川」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
Arisugawa park.jpg (Wikimedia Commons, CC0)
| いまの場所 | 天現寺橋交差点周辺(有栖川宮記念公園) |
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| 住所 | 港区南麻布5丁目 |
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| 最寄り駅 | 東京メトロ日比谷線 広尾駅から徒歩3分 |
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| 滞在の目安 | 約10分 |
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古川(渋谷川の下流)の流れと、対岸の丘陵地を描いた一枚。今の天現寺橋交差点付近から見た景色と考えられています。古川は今その大部分が首都高速の下に隠れていますが、左奥に描かれた丘は有栖川宮記念公園にあたるため、この一帯を現在地としています。
古川は上流を渋谷川、下流を古川・新堀川と名を変えながら江戸湾へ注ぐ川で、1960年代以降は大部分が首都高速道路の下に隠れています。左奥に見える丘は、今の有栖川宮記念公園にあたる一帯です。安政3年(1856)7月の作。
出典・参考:https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu004038/
第2景 図版番号 82 安政4年(1857)12月
愛宕下藪小路(あたごしたやぶこうじ)
歌川広重「名所江戸百景 愛宕下藪小路」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
Photo by 110kuwahara, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0 / GFDL)
| いまの場所 | 愛宕下(愛宕グリーンヒルズ周辺) |
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| 住所 | 港区愛宕1丁目付近 |
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| 最寄り駅 | 東京メトロ 神谷町駅からすぐ |
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| 滞在の目安 | 約10分 |
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愛宕山の麓、大名屋敷の練塀沿いに雪の積もった竹藪の小路を描いた一枚。人影のない静かな冬の路地に、傘をさした人物が一人だけ描かれ、しんとした空気が伝わってきます。大名屋敷が並んだ静かな武家地は「愛宕グリーンヒルズ」として再開発されたため、その一帯を現在地としています。
「愛宕下」は愛宕山の南東麓一帯を指した地名で、江戸時代は大名屋敷や武家屋敷が立ち並ぶ静かな武家地でした。現在この一帯は「愛宕グリーンヒルズ」として再開発され、超高層オフィスタワーとNHK放送博物館などが並ぶエリアに生まれ変わっています。
出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AE%95%E5%B1%B1_(%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD)
第3景 図版番号 49 安政5年(1858)7月
芝神明増上寺(しばじんめいぞうじょうじ)
歌川広重「江戸百景餘興 芝神明増上寺」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
Photo by KENPEI, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
| いまの場所 | 芝大神宮 |
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| 住所 | 港区芝大門1-12-7 |
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| 最寄り駅 | 都営浅草線・三田線 大門駅から徒歩5分 |
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| 滞在の目安 | 約15分 |
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芝神明宮(現・芝大神宮)の門前と、その先にそびえる増上寺の甍を一枚に収めた構図。手前には参詣客で賑わう茶屋が並び、二つの信仰の中心が寄り添う芝の町の賑わいを伝えています。芝大神宮は今も同じ場所に鎮座し、9月の「だらだら祭り」も続いています。隣接する増上寺とあわせて、絵の構図をたどることができます。
芝大神宮は平安時代創建と伝わる古社で、江戸時代は「関東のお伊勢さま」として篤く信仰されました。9月に行われる「だらだら祭り」(生姜市)は今も続く名物行事です。すぐ隣の増上寺は徳川将軍家の菩提寺で、当時は境内地続きの一体として賑わっていました。
出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%AE%AE
第4景 図版番号 64 安政3年(1856)2月
芝うらの風景(しばうらのふうけい)
歌川広重「名所江戸百景 芝うらの風景」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
Photo by Harani0403, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)
| いまの場所 | 芝浦(芝浦アイランド周辺) |
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| 住所 | 港区芝浦4丁目付近 |
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| 最寄り駅 | JR・東京モノレール 田町駅から徒歩12分 |
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| 滞在の目安 | 約10分 |
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芝浦の遠浅の海辺に、貝を採る人々と停泊する舟を描いた一枚。江戸湾を望む静かな漁師町の風景で、遠くには対岸の房総の山並みまで見渡せます。海苔の産地だった遠浅の海は埋め立てられ、今は運河に囲まれた「芝浦アイランド」に姿を変えたため、その一帯を現在地としています。
かつて遠浅の海苔の産地として知られた芝浦は、明治以降の埋め立てで海岸線が大きく後退しました。現在は運河に囲まれた「芝浦アイランド」として再開発され、高層マンション群が立ち並ぶウォーターフロントの住宅地に姿を変えています。
出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E6%B5%A6
第5景 図版番号 115 安政4年(1857)8月
月の岬(つきのみさき)
歌川広重「名所江戸百景 月の岬」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
Photo by 江戸村のとくぞう, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
| いまの場所 | 月の岬跡(伊皿子坂周辺) |
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| 住所 | 港区三田4丁目・高輪1丁目付近 |
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| 最寄り駅 | 都営浅草線 高輪台駅から徒歩5分 |
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| 滞在の目安 | 約15分 |
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料亭の座敷から、江戸湾に浮かぶ月を眺める趣向の一枚。手前の障子と行灯、遠くの海に浮かぶ舟の灯りが、月見の宴の静かな情緒を伝えています。埋め立てが進んだ現在、月を望むことはできなくなりましたが、伊皿子坂・潮見坂という坂道と高台の地形は今もほぼ変わらず残っているため、この一帯を現在地としています。
「月の岬」は三田の高台一帯の雅称で、江戸湾を一望できる月見の名所として知られました。すぐそばの伊皿子坂・潮見坂も、坂上から海を見晴らせたことに名の由来があります。埋め立てが進んだ現在は海を望むことはできませんが、坂道と高台の地形は今も当時とほぼ変わらず残っています。
出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E7%9A%BF%E5%AD%90%E5%9D%82