千代田区・文京区・港区

麹町・駿河台ルート

関口芭蕉庵から水道橋を経て、日枝神社・弁慶橋まで歩く散歩ルート。距離が長いので、区間によっては電車を使うのもおすすめです。

景の数4景
出発東京メトロ 江戸川橋駅
到着東京メトロ 赤坂見附駅
歩く距離約9.0km(寄り道を除く)
所要の目安歩き約115分+各所の滞在
泊まるなら飯田橋・市ヶ谷 皇居周辺の落ち着いた立地。神楽坂の路地裏散歩も楽しめます。
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Theme:水道・祭礼・俳諧の記憶

神田上水の水道橋から、松尾芭蕉ゆかりの関口、そして江戸三大祭のひとつ山王祭の氏神・日枝神社まで。千代田区・文京区にまたがる、水と祭りの記憶をたどる少し長めのルート。

歩く順番

  1. 第1景 せき口上水端はせを庵椿やま関口芭蕉庵
  2. 第2景 水道橋駿河台水道橋
  3. 第3景 糀町一丁目山王祭ねり込日枝神社
  4. 第4景 外桜田弁慶堀糀町弁慶橋・弁慶堀

浮世絵は歌川広重「名所江戸百景」(安政3〜6年、1856〜1859)。図版番号は太田記念美術館の展示リスト番号を便宜上使っています。住所・最寄り駅は各社寺・自治体の公開情報にもとづく目安です。

麹町・駿河台ルートの4景

第1景 図版番号 74 安政4年(1857)4月

せき口上水端はせを庵椿やま(せきぐちじょうすいばたはせをあんつばきやま)

歌川広重「名所江戸百景 せき口上水端はせを庵椿やま」
歌川広重「名所江戸百景 せき口上水端はせを庵椿やま」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
関口芭蕉庵の現在の様子
Photo by Kentin, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0 / GFDL)
いまの場所関口芭蕉庵
住所文京区関口2-11-3
最寄り駅東京メトロ 江戸川橋駅から徒歩8分
滞在の目安約20分

神田上水の取水口(関口大洗堰)脇の椿山と、松尾芭蕉が暮らした庵を描いた一枚。水面に映る椿の花と、静かな水辺の庵という、俳人の隠棲にふさわしい趣ある構図です。芭蕉が暮らした庵そのものは残っていませんが、ゆかりの人々が整備した庭園と句碑が今も同じ場所に保たれているため、ここを現在地としています。

延宝5年(1677)から3年ほど、松尾芭蕉は神田上水の改修工事に関わる仕事をしながらこの地に暮らしたと伝わります。後にゆかりの人々によって芭蕉を偲ぶ庵と池が整備され、現在も「関口芭蕉庵」として、句碑や芭蕉像とともに静かな庭園が保たれています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%8F%A3%E8%8A%AD%E8%95%89%E5%BA%B5

第2景 図版番号 33 安政4年(1857)閏5月

水道橋駿河台(すいどうばしするがだい)

歌川広重「名所江戸百景 水道橋駿河台」
歌川広重「名所江戸百景 水道橋駿河台」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
水道橋の現在の様子
Photo by Ribbon, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0 / GFDL)
いまの場所水道橋
住所千代田区神田三崎町1丁目・文京区後楽1丁目
最寄り駅JR・都営三田線 水道橋駅からすぐ
滞在の目安約10分

神田川に架かる水道橋越しに、対岸の駿河台の高台と鯉のぼりを描いた一枚。5月の節句らしい大小さまざまな鯉のぼりが空を泳ぐ、季節感あふれる構図です。橋自体は昭和初期に架け替えられていますが、同じ場所に今も「水道橋」として架かり続けています。神田上水の懸樋は失われましたが、水道橋は今も神田川の同じ地点に架かり、頭上を丸ノ内線が越えていく景観に変わっています。

橋の名は、すぐそばに神田上水の懸樋(かけひ、水道管を通す木製の橋)が架かっていたことに由来します。駿河台は徳川家康に従って駿河国から江戸へ移った家臣たちの屋敷地であったことが地名の由来と伝わります。現在の橋は昭和初期の架け替えで、橋の下を流れる神田川と、頭上を通る東京メトロ丸ノ内線の高架が、新旧の交通が交差する独特の景観を作っています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%81%93%E6%A9%8B

第3景 図版番号 14 安政3年(1856)7月

糀町一丁目山王祭ねり込(こうじまちいっちょうめさんのうまつりねりこみ)

歌川広重「名所江戸百景 糀町一丁目山王祭ねり込」
歌川広重「名所江戸百景 糀町一丁目山王祭ねり込」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
日枝神社の現在の様子
Photo by Immanuelle, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所日枝神社
住所千代田区永田町2-10-5
最寄り駅東京メトロ 赤坂見附駅・国会議事堂前駅からすぐ
滞在の目安約20分

麹町一丁目の通りを練り歩く山王祭の山車行列を、屋根の上から見下ろす構図。沿道を埋め尽くす見物人と、大きく描かれた山車の飾りが、江戸有数の祭りの熱気を伝えています。行列が練り歩いた麹町の通りは姿を変えましたが、祭りの主催社である日枝神社は今も永田町の同じ場所に鎮座しているため、そちらを現在地としています。

日枝神社の山王祭は、神田明神の神田祭と並ぶ「江戸三大祭」のひとつで、将軍上覧の祭礼として「天下祭」とも呼ばれた格式を誇りました。麹町一丁目はその行列が通った表通りのひとつです。現在も6月の山王祭では、隔年で数百人からなる本社神幸祭の行列が千代田区・中央区一帯を練り歩き、往時の賑わいを今に伝えています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9E%B8%E7%A5%9E%E7%A4%BE

第4景 図版番号 73 安政3年(1856)5月

外桜田弁慶堀糀町(そとさくらだべんけいぼりこうじまち)

歌川広重「名所江戸百景 外桜田弁慶堀糀町」
歌川広重「名所江戸百景 外桜田弁慶堀糀町」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
弁慶橋・弁慶堀の現在の様子
Photo by リザグレ5, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所弁慶橋・弁慶堀
住所千代田区紀尾井町・港区元赤坂1丁目
最寄り駅東京メトロ 赤坂見附駅からすぐ
滞在の目安約10分

江戸城外堀の一部である弁慶堀越しに、麹町方面の武家屋敷の甍を望む構図。堀端に広がる緑と、水面に映る空の対比が、外堀ならではの開放的な眺めを伝えています。実は元々の弁慶橋は神田にあり、明治18年(1885)に撤去された後、その廃材を使ってこの弁慶堀に移築されたもの。今の場所は「移築先」にあたります。

弁慶堀の名は、江戸城普請に携わった大工の棟梁・弁慶小左衛門に由来すると伝わります。かつて神田にあった弁慶橋は明治18年(1885)の下水道工事で撤去されましたが、明治22年(1889)にその廃材を用いてこの堀に移築されました。現在の橋は昭和60年(1985)の架け替えですが、木製の欄干と擬宝珠は今も江戸の面影を伝えています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E6%85%B6%E6%A9%8B

このルートのグルメ

うな重 うなぎ秋本

明治42年(1909)創業、麹町・半蔵門で百余年続くうなぎ屋。「割きたて・蒸したて・焼きたて」を信条に、四代にわたり職人技を受け継いでいる。

東京都千代田区麹町3-4-4

公式・参考
欧風カレー
Bondy @ Jimbocho (Wikimedia Commons, CC BY 2.0)

欧風カレー ボンディ 神保町本店

昭和48年(1973)創業、「欧風カレー」というジャンルを生み出した神保町の名店。水道橋・お茶の水にもほど近く、神田カレーグランプリ初代王者にも輝いた。

東京都千代田区神田神保町2-3 神田古書センター2F

公式・参考

ほかのルート