第1景 図版番号 105 安政3年(1856)2月
千住の大はし(せんじゅのだいはし)
歌川広重「名所江戸百景 千住の大はし」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
Photo by Aimaimyi, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0 / GFDL)
| いまの場所 | 千住大橋 |
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| 住所 | 足立区千住橋戸町・荒川区南千住4丁目 |
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| 最寄り駅 | 京成本線・東京メトロ・都営 千住大橋駅からすぐ |
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| 滞在の目安 | 約10分 |
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隅田川に架かる千住大橋の上から、筏を組んで運ばれる材木を見下ろす構図。橋の下を悠々と流れる筏と、行き交う人々の姿が、街道の宿場町らしい活気を伝えています。今の橋は昭和2年(1927)架設で、現存最古のタイドアーチ橋として土木遺産に選ばれています。隅田川最初の橋というその地点は変わっていません。
千住大橋は文禄3年(1594)、隅田川に架けられた最初の橋で、両国橋が架かるまでの約70年間、隅田川唯一の橋であり続けました。日光街道・奥州街道の最初の宿場町「千住宿」の玄関口として栄え、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出発した地としても知られます。現在の橋は関東大震災の復興事業として昭和2年(1927)に架けられたタイドアーチ橋で、現存最古のタイドアーチ橋として土木学会の選奨土木遺産に選ばれています。
出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E4%BD%8F%E5%A4%A7%E6%A9%8B
第2景 図版番号 62 安政4年(1857)2月
にい宿のわたし(にいじゅくのわたし)
歌川広重「名所江戸百景 にい宿のわたし」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
| いまの場所 | 新宿(にいじゅく)の渡し跡 |
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| 住所 | 葛飾区新宿(にいじゅく)付近 |
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| 最寄り駅 | 京成本線 青砥駅から徒歩15分 |
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| 滞在の目安 | 約10分 |
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中川の渡し舟が、対岸の水戸街道の宿場町「にい宿(新宿)」へと客を運ぶ一枚。棹をさす船頭の向こうに広がる家並みは、江戸から水戸へ抜ける旅人たちが乗り継いだ宿場の入り口でした。渡し場としての役割は昭和の橋の整備とともに終わり、今は住宅地になっていますが、葛飾区の町名「新宿」にその名が今も残っています。
「にい宿」は水戸街道の宿場町のひとつだった新宿(にいじゅく)を指し、中川の渡し舟がここと対岸の金町方面を結んでいました。今も葛飾区の町名「新宿」として残るこの一帯は、渡し場としての役割を昭和の橋の整備とともに終え、現在は住宅地となっています。
出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%AE%BF_(%E8%91%9B%E9%A3%BE%E5%8C%BA)
第3景 図版番号 86 安政4年(1857)2月
四ツ木通用水引ふね(よつぎどおりようすいひきふね)
歌川広重「名所江戸百景 四ツ木通用水引ふね」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
| いまの場所 | 四ツ木(曳舟川通り) |
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| 住所 | 葛飾区四つ木付近 |
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| 最寄り駅 | 京成押上線 四ツ木駅からすぐ |
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| 滞在の目安 | 約10分 |
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綱を引く人足たちが、舟を人力で進める「曳舟(ひきふね)」の様子を描いた一枚。正式名は「上下之割用水」というこの水路、船を引く光景があまりに印象的だったため、いつしか「曳舟川」と呼ばれるようになりました。
この用水路は正式には「上下之割用水(小名木川用水)」といい、船を人力で引いて進む「曳舟(ひきふね)」の光景から、後に「曳舟川」の通称で親しまれました。用水としての役目を終えた後、川は埋め立てられ、現在はその名を継いだ「曳舟川通り」という道路と、一部区間の「曳舟川親水公園」に、往時の水路の記憶が残されています。
出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B3%E8%88%9F%E5%B7%9D%E8%A6%AA%E6%B0%B4%E5%85%AC%E5%9C%92