足立区・葛飾区

千住・葛飾北部ルート

千住大橋から中川沿いに東へ歩き、新宿・四ツ木の渡し場跡をめぐる散歩ルート。

景の数3景
出発京成本線・東京メトロ 千住大橋駅
到着京成押上線 四ツ木駅
歩く距離約8.2km(寄り道を除く)
所要の目安歩き約99分+各所の滞在
泊まるなら北千住 常磐線・つくばエクスプレスなど5路線が集まる交通の要。下町グルメも充実しています。
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Theme:街道の渡しと水運の記憶

日光街道の千住大橋から中川沿いを東へ、渡し場のあった土地をたどる、下町北部の水辺散歩ルート。

歩く順番

  1. 第1景 千住の大はし千住大橋
  2. 第2景 にい宿のわたし新宿(にいじゅく)の渡し跡
  3. 第3景 四ツ木通用水引ふね四ツ木(曳舟川通り)

浮世絵は歌川広重「名所江戸百景」(安政3〜6年、1856〜1859)。図版番号は太田記念美術館の展示リスト番号を便宜上使っています。住所・最寄り駅は各社寺・自治体の公開情報にもとづく目安です。

千住・葛飾北部ルートの3景

第1景 図版番号 105 安政3年(1856)2月

千住の大はし(せんじゅのだいはし)

歌川広重「名所江戸百景 千住の大はし」
歌川広重「名所江戸百景 千住の大はし」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
千住大橋の現在の様子
Photo by Aimaimyi, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0 / GFDL)
いまの場所千住大橋
住所足立区千住橋戸町・荒川区南千住4丁目
最寄り駅京成本線・東京メトロ・都営 千住大橋駅からすぐ
滞在の目安約10分

隅田川に架かる千住大橋の上から、筏を組んで運ばれる材木を見下ろす構図。橋の下を悠々と流れる筏と、行き交う人々の姿が、街道の宿場町らしい活気を伝えています。今の橋は昭和2年(1927)架設で、現存最古のタイドアーチ橋として土木遺産に選ばれています。隅田川最初の橋というその地点は変わっていません。

千住大橋は文禄3年(1594)、隅田川に架けられた最初の橋で、両国橋が架かるまでの約70年間、隅田川唯一の橋であり続けました。日光街道・奥州街道の最初の宿場町「千住宿」の玄関口として栄え、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出発した地としても知られます。現在の橋は関東大震災の復興事業として昭和2年(1927)に架けられたタイドアーチ橋で、現存最古のタイドアーチ橋として土木学会の選奨土木遺産に選ばれています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E4%BD%8F%E5%A4%A7%E6%A9%8B

第2景 図版番号 62 安政4年(1857)2月

にい宿のわたし(にいじゅくのわたし)

歌川広重「名所江戸百景 にい宿のわたし」
歌川広重「名所江戸百景 にい宿のわたし」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
いまの場所新宿(にいじゅく)の渡し跡
住所葛飾区新宿(にいじゅく)付近
最寄り駅京成本線 青砥駅から徒歩15分
滞在の目安約10分

中川の渡し舟が、対岸の水戸街道の宿場町「にい宿(新宿)」へと客を運ぶ一枚。棹をさす船頭の向こうに広がる家並みは、江戸から水戸へ抜ける旅人たちが乗り継いだ宿場の入り口でした。渡し場としての役割は昭和の橋の整備とともに終わり、今は住宅地になっていますが、葛飾区の町名「新宿」にその名が今も残っています。

「にい宿」は水戸街道の宿場町のひとつだった新宿(にいじゅく)を指し、中川の渡し舟がここと対岸の金町方面を結んでいました。今も葛飾区の町名「新宿」として残るこの一帯は、渡し場としての役割を昭和の橋の整備とともに終え、現在は住宅地となっています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%AE%BF_(%E8%91%9B%E9%A3%BE%E5%8C%BA)

第3景 図版番号 86 安政4年(1857)2月

四ツ木通用水引ふね(よつぎどおりようすいひきふね)

歌川広重「名所江戸百景 四ツ木通用水引ふね」
歌川広重「名所江戸百景 四ツ木通用水引ふね」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
いまの場所四ツ木(曳舟川通り)
住所葛飾区四つ木付近
最寄り駅京成押上線 四ツ木駅からすぐ
滞在の目安約10分

綱を引く人足たちが、舟を人力で進める「曳舟(ひきふね)」の様子を描いた一枚。正式名は「上下之割用水」というこの水路、船を引く光景があまりに印象的だったため、いつしか「曳舟川」と呼ばれるようになりました。

この用水路は正式には「上下之割用水(小名木川用水)」といい、船を人力で引いて進む「曳舟(ひきふね)」の光景から、後に「曳舟川」の通称で親しまれました。用水としての役目を終えた後、川は埋め立てられ、現在はその名を継いだ「曳舟川通り」という道路と、一部区間の「曳舟川親水公園」に、往時の水路の記憶が残されています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B3%E8%88%9F%E5%B7%9D%E8%A6%AA%E6%B0%B4%E5%85%AC%E5%9C%92

このルートのグルメ

尾花

明治元年(1868)創業、「東の尾花、西の野田岩」と並び称される関東屈指の鰻の名店。備長炭でじっくり焼き上げるふっくらとした蒲焼が名物です。

荒川区南千住3-10-11

公式・参考

大衆酒場 千住の永見

創業から80年以上、北千住で下町の飲兵衛たちに愛され続けてきた大衆居酒屋。ときわ通り沿いの、千住宿の面影が残る一軒。

東京都足立区千住2-62

公式・参考

ほかのルート