中央区

日本橋・佃島・築地ルート

馬喰町の問屋街から日本橋・鉄砲洲・築地を経て、佃島の住吉神社・永代橋まで歩く散歩ルート。

景の数8景
出発都営新宿線・JR 馬喰町駅
到着東京メトロ 門前仲町駅
歩く距離約9.4km(寄り道を除く)
所要の目安歩き約119分+各所の滞在
泊まるなら日本橋・築地 築地場外市場の朝が楽しめる立地。佃島の水辺までも歩けます。
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Theme:問屋町から水辺の信仰の島へ

呉服・繊維問屋の町から日本橋川・隅田川を下り、築地の寺町、そして海を渡ってきた漁師町・佃島まで歩く、中央区の水辺をたどるルート。

歩く順番

  1. 第1景 馬喰町初音の馬場馬喰町・横山町問屋街
  2. 第2景 日本橋江戸ばし日本橋・江戸橋
  3. 第3景 日本橋通一丁目略図日本橋室町(コレド室町周辺)
  4. 第4景 みつまたわかれの渕日本橋中洲
  5. 第5景 鉄炮洲稲荷橋湊神社鐵砲洲稲荷神社
  6. 第6景 鉄炮洲築地門跡築地本願寺
  7. 第7景 佃しま住吉の祭住吉神社(佃島)
  8. 第8景 永代橋佃しま永代橋

浮世絵は歌川広重「名所江戸百景」(安政3〜6年、1856〜1859)。図版番号は太田記念美術館の展示リスト番号を便宜上使っています。住所・最寄り駅は各社寺・自治体の公開情報にもとづく目安です。

日本橋・佃島・築地ルートの8景

第1景 図版番号 93 安政4年(1857)9月

馬喰町初音の馬場(ばくろちょうはつねのばば)

歌川広重「名所江戸百景 馬喰町初音の馬場」
歌川広重「名所江戸百景 馬喰町初音の馬場」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
いまの場所馬喰町・横山町問屋街
住所中央区日本橋馬喰町・横山町付近
最寄り駅都営新宿線・JR 馬喰町駅からすぐ
滞在の目安約10分

馬場で馬を責める武士たちと、それを取り囲む見物人たちの活気を描いた一枚。手前には旗指物がはためき、馬喰町という地名の由来ともなった馬にまつわる情景が生き生きと表現されています。

馬喰町の名は、江戸時代に幕府の御用で馬の売買や仲介を行う「馬喰(博労)」たちが集まって暮らしたことに由来します。明治以降は繊維・雑貨の問屋街として発展し、隣接する横山町とあわせて「横山町・馬喰町問屋街」は今も日本最大級の衣料品卸商店街として賑わっています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A9%8B%E9%A6%AC%E5%96%B0%E7%94%BA

第2景 図版番号 7 安政4年(1857)12月

日本橋江戸ばし(にほんばしえどばし)

歌川広重「名所江戸百景 日本橋江戸ばし」
歌川広重「名所江戸百景 日本橋江戸ばし」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
日本橋・江戸橋の現在の様子
Photo by Aimaimyi, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0 / GFDL)
いまの場所日本橋・江戸橋
住所中央区日本橋1丁目・日本橋室町1丁目付近
最寄り駅東京メトロ・都営浅草線 日本橋駅からすぐ
滞在の目安約15分

日本橋川に架かる江戸橋の上から、荷を積んだ舟や、橋を渡る人々を見下ろす構図。手前の蔵造りの問屋が並ぶ河岸には木材が積み上げられ、水運で栄えた日本橋の賑わいが伝わってきます。今の江戸橋は昭和2年(1927)築で頭上を首都高が覆いますが、日本橋のすぐ下流という位置は変わらないため、この一帯を現在地としています。

江戸橋は日本橋のすぐ下流に架かる橋で、名は「日本橋」と対になる形で名付けられました。現在の橋は昭和2年(1927)築の鋼橋で、頭上には首都高速都心環状線が通っています。すぐ隣の日本橋は明治44年(1911)完成の石造二重アーチ橋で、国の重要文化財に指定されています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%A9%8B_(%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD)

第3景 図版番号 58 安政5年(1858)8月

日本橋通一丁目略図(にほんばしとおりいっちょうめりゃくず)

歌川広重「名所江戸百景 日本橋通一丁目略図」
歌川広重「名所江戸百景 日本橋通一丁目略図」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
日本橋室町(コレド室町周辺)の現在の様子
Photo by Wpcpey, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所日本橋室町(コレド室町周辺)
住所中央区日本橋室町1丁目付近
最寄り駅東京メトロ 三越前駅からすぐ
滞在の目安約15分

日本橋通りを見下ろす構図で、大店の看板が連なる大通りを、天秤棒を担ぐ商人や旅人たちが行き交う様子を描いた一枚。手前には呉服店の暖簾が大きくはためいています。大店が軒を連ねた通りは「コレド室町」として再開発され、老舗と新しい商業施設が同居する一帯に姿を変えています。

日本橋通り一丁目は、江戸有数の呉服店「越後屋」(後の三越)をはじめ、大店が軒を連ねた江戸随一の商業地でした。現在この一帯は「コレド室町」として再開発され、老舗百貨店と最新の商業施設が同居する日本橋のシンボル的なエリアになっています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A9%8B%E5%AE%A4%E7%94%BA

第4景 図版番号 97 安政4年(1857)2月

みつまたわかれの渕(みつまたわかれのふち)

歌川広重「名所江戸百景 みつまたわかれの渕」
歌川広重「名所江戸百景 みつまたわかれの渕」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
日本橋中洲の現在の様子
Photo by Higa4, Wikimedia Commons(CC0)
いまの場所日本橋中洲
住所中央区日本橋中洲
最寄り駅東京メトロ半蔵門線 水天宮前駅から徒歩8分
滞在の目安約10分

隅田川が3つに分かれて見える中洲の淀みを描いた一枚。かつて茶屋町として栄えた中洲新地は、たびたびの水害で幕府により取り壊され、葦の茂る湿地に戻されていました。取り壊されて葦原に戻った中洲は、その後埋め立てられて今の日本橋中洲となったため、この一帯を現在地としています。

現在の日本橋中洲(中央区)にあたる地で、当時すでに歓楽街だった中洲新地が取り壊されてから68年後の風景を描いています。安政4年(1857)2月の作。

出典・参考:https://note.com/ohyononote/n/n8060b06e9506

第5景 図版番号 29 安政4年(1857)2月

鉄炮洲稲荷橋湊神社(てっぽうずいなりばしみなとじんじゃ)

歌川広重「名所江戸百景 鉄炮洲稲荷橋湊神社」
歌川広重「名所江戸百景 鉄炮洲稲荷橋湊神社」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
鐵砲洲稲荷神社の現在の様子
Photo by Tak1701d, Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0 / GFDL)
いまの場所鐵砲洲稲荷神社
住所中央区湊1-6-7
最寄り駅東京メトロ 八丁堀駅から徒歩5分
滞在の目安約15分

稲荷橋のたもとから、帆を張った弁才船と、対岸の鉄砲洲湊神社の杜を望む構図。手前には荷を運ぶ人足たちの姿があり、水運の要衝としての鉄砲洲の賑わいが描かれています。鐵砲洲稲荷神社は今も湊の地に鎮座し、1月の寒中水浴大会など海にゆかりの深い神事を伝えています。

鉄砲洲は江戸時代、幕府の鉄砲practice場があったことに由来する地名です。鐵砲洲稲荷神社は平安時代創建と伝わる古社で、江戸時代には港の安全を守る「湊神社」として船乗りたちの篤い信仰を集めました。今も1月の「寒中水浴大会」など、海にゆかりの深い神事を伝えています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%90%B5%E7%A0%B2%E6%B4%B2%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE

第6景 図版番号 44 安政5年(1858)7月

鉄炮洲築地門跡(てっぽうずつきじもんぜき)

歌川広重「名所江戸百景 鉄炮洲築地門跡」
歌川広重「江戸百景餘興 鉄炮洲築地門跡」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
築地本願寺の現在の様子
Photo by Kakidai, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所築地本願寺
住所中央区築地3-15-1
最寄り駅東京メトロ 築地駅から徒歩1分
滞在の目安約20分

鉄砲洲の河岸から、築地本願寺(西本願寺の別院、当時は「門跡」と呼ばれた)の大屋根を望む構図。手前には荷を積んだ舟が行き交い、埋め立て地・築地の水辺の風景が広がっています。今の本堂は昭和9年(1934)築の古代インド様式に姿を変えましたが、佃島の門徒が海を埋め立てて築いたこの場所は変わっていません。

築地本願寺は明暦の大火(1657)で焼失した浅草の本願寺別院を、佃島の門徒の協力で海を埋め立てて再建したのが始まりです。「築地」の地名自体、この「土地を築いた」ことに由来します。現在の古代インド様式の本堂は昭和9年(1934)築で、伝統的な寺院建築のイメージを覆すユニークな外観として知られています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%89%E5%9C%B0%E6%9C%AC%E9%A1%98%E5%AF%BA

第7景 図版番号 40 安政4年(1857)7月

佃しま住吉の祭(つくだしますみよしのまつり)

歌川広重「名所江戸百景 佃しま住吉の祭」
歌川広重「名所江戸百景 佃しま住吉の祭」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
住吉神社(佃島)の現在の様子
Photo by Ysakuma14, Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)
いまの場所住吉神社(佃島)
住所中央区佃1-1-14
最寄り駅東京メトロ 月島駅から徒歩7分
滞在の目安約20分

佃島の住吉神社の祭礼で、屋根船から高く掲げられた幟(のぼり)を見上げる構図。旧暦6月29日に行われたこの祭りは江戸市中でも評判で、佃沖に停泊した舟の上からも見物する人々の熱気が伝わってきます。住吉神社は今も佃の同じ場所に鎮座し、3年に一度の本祭りでは八角形の神輿と6本の大幟が掲げられます。

佃島は正保元年(1644)、徳川家康に招かれて摂津国佃村(現・大阪市西淀川区)から移住した漁師たちが、埋め立てて造った人工の島です。住吉神社は彼らが故郷から勧請した神社で、3年に一度の本祭りでは関東では珍しい八角形の神輿と、江戸城からも見えたという6本の大幟が今も掲げられます。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8F%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%8C%BA)

第8景 図版番号 108 安政4年(1857)2月

永代橋佃しま(えいたいばしつくだしま)

歌川広重「名所江戸百景 永代橋佃しま」
歌川広重「名所江戸百景 永代橋佃しま」国立国会図書館デジタルコレクション(パブリックドメイン)
永代橋の現在の様子
Photo by jmho, Wikimedia Commons(Public Domain)
いまの場所永代橋
住所中央区新川1丁目・江東区佐賀1丁目
最寄り駅東京メトロ 門前仲町駅から徒歩8分
滞在の目安約15分

永代橋の上から隅田川を見下ろし、対岸に浮かぶ佃島を望む構図。橋の上には正月らしく晴れ着姿の人々が行き交い、川面には初荷を積んだ舟が連なっています。今の橋は関東大震災復興事業として大正15年(1926)に架け替えられた重要文化財で、隅田川を渡すその地点は変わっていません。

永代橋は元禄11年(1698)、5代将軍・徳川綱吉の50歳を祝って架けられた橋です。文化4年(1807)の祭礼時には群衆の重みで橋が崩落し、多数の死者を出す大惨事も起きました。現在の橋は関東大震災復興事業として大正15年(1926)に架け替えられたタイドアーチ橋で、国の重要文化財に指定されています。

出典・参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E4%BB%A3%E6%A9%8B

このルートのグルメ

佃煮
Tenyasu tsukuda chuo.JPG (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)

佃煮 天安本店

天保8年(1837)創業、佃島に今も残る佃煮の老舗。「佃煮」という言葉自体、この佃島で漁師町の保存食として生まれたとされ、天安はその発祥の歴史を伝える名店のひとつです。

中央区佃1-3-14

公式・参考

佃煮 丸久

安政6年(1859)創業、佃島に残る佃煮の老舗のひとつ。手作りにこだわり、昔ながらの製法で炊き上げる佃煮を今も製造・販売している。

東京都中央区佃1-2-10

公式・参考

ほかのルート