埼玉

小江戸川越七福神の巡り方

小江戸・川越の7か寺を巡るコースです。七福神の御朱印は毎月1日と正月三が日・松の内(1月7日まで)のみの授与なので、訪問日にはとくに注意してください。妙善寺(川越駅そば)から成田山川越別院まで蔵造りの町並みを抜けて歩け、所要は2〜3時間。川越の街歩きと合わせて1日楽しめます。

社寺の数7か所
授与期間七福神の御朱印は毎月1日と正月三が日・松の内(1月7日まで)のみ
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順路

  1. 妙善寺毘沙門天
  2. 天然寺寿老人
  3. 喜多院大黒天
  4. 成田山川越別院恵比寿天
  5. 蓮馨寺福禄寿
  6. 見立寺布袋尊
  7. 妙昌寺弁財天

順番に決まりはありません。最寄り駅から近い順に回るのが歩きやすい方法です。御朱印は参拝してから受け、授与時間・初穂料・書き置き対応は変わることがあるので、参拝前に各社寺の公式情報で確認してください。

小江戸川越七福神の7社寺

1番目

妙善寺

祀られている神毘沙門天
住所埼玉県川越市菅原町9-6
御朱印妙善寺御朱印300円、七福神御朱印200円 / 9:00〜16:00(七福神の御朱印は正月三が日・松の内7日間と毎月1日の縁日のみ授与)

小江戸川越七福神第一番。寛永元年(1624)建立、天台宗寺院。

書き置き対応あり。天台宗、中院の末寺。

この社寺の歴史

天台宗の寺で、仙波中院二十八世の尊能法印が、父母の追善のために寛永元年(1624)に建立したと伝えられます。寺号は、父の法名「道仙三心」と母の法名「妙善大姉」に由来するといわれます。堂宇は天明8年(1788)の火災で焼失し、以後は長く仮堂のままでしたが、昭和53年(1978)に檀信徒の総力によって再建されました。小江戸川越七福神めぐりの第一番、毘沙門天を祀ります。

出典:小江戸川越七福神霊場会 公式サイト

2番目

天然寺

祀られている神寿老人
住所埼玉県川越市仙波町4-10-10
御朱印書き置き500円 / 七福神の御朱印は正月三が日・松の内7日間と毎月1日の縁日のみ授与

天文23年(1554)開山、天台宗。小江戸川越七福神第二番。

正式名称「自然山大日院天然寺」。武蔵国十三仏霊場第一番も兼ねる。

この社寺の歴史

天文23年(1554)9月、栄海上人によって開かれた天台宗の寺で、正しくは自然山大日院天然寺といいます。本尊は金剛界の大日如来。この木造大日如来坐像は川越市の有形文化財に指定されており、様式から11〜12世紀ごろのものとみられ、川越に現存する仏像のなかでも最古級とされています。武蔵国十三仏霊場の第一番でもあり、小江戸川越七福神めぐりでは第二番の寿老人を祀ります。

出典:小江戸川越七福神霊場会 公式サイト・川越市文化財

3番目

喜多院

祀られている神大黒天
住所埼玉県川越市小仙波町1-20-1
御朱印9:00〜16:00(七福神の御朱印は正月三が日・松の内7日間と毎月1日の縁日のみ授与)

天台宗、830年創建と伝わる名刹。徳川家ゆかりの寺で五百羅漢でも知られる。小江戸川越七福神第三番。

中央に「大黒天」の文字と宝珠の梵字印、右に「奉拝」と「小江戸川越七福神」の印が押される構成(公式サイト記載)。

この社寺の歴史

天長7年(830)、淳和天皇の勅願により、慈覚大師円仁が無量寿寺として開いたと伝えられます。鎌倉時代の兵火で荒れたのち、永仁4年(1296)に尊海が再興しました。戦国期にふたたび荒廃しますが、天海(のちの慈眼大師)が入って復興に努めます。天海は徳川家康の信任を得て喜多院二十七世となり、寺号を北院から喜多院へ改め、五百石の寺領を得て興隆の礎を築きました。寛永15年(1638)の川越大火で山門を除くすべてを焼失した際は、三代将軍・徳川家光の計らいで江戸城紅葉山の建物が移築され、そのなかに「家光誕生の間」「春日局化粧の間」が含まれています。

出典:川越市 指定文化財(市指定史跡 喜多院)

4番目

成田山川越別院

祀られている神恵比寿天
住所埼玉県川越市久保町9-2
御朱印通常御朱印300円、限定御朱印500円、七福神御朱印200円 / 8:00〜16:00(七福神の御朱印は正月三が日・松の内7日間と毎月1日の縁日のみ授与)

成田山新勝寺の別院。小江戸川越七福神第四番。

恵比寿天は七福神の中で唯一の日本生まれの神。鯛を抱えた姿で祀られる。

この社寺の歴史

嘉永6年(1853)、開山の石川照温師が、当時廃寺となっていた本行院に、成田山新勝寺の貫首・照輪上人が開眼した不動明王を安置して再興したのが始まりです。明治9年(1876)に成田山の末寺となり、翌10年には管理いっさいを成田山へ移して、成田山川越別院本行院として今日に至ります。開創から170年あまり、さまざまな願い事の成就を祈る祈願所として、また親しみをこめて「川越のお不動さま」と呼ばれ、広く信仰を集めています。小江戸川越七福神では恵比須天を祀ります。

出典:成田山川越別院 公式サイト

5番目

蓮馨寺

祀られている神福禄寿
住所埼玉県川越市連雀町7-1
御朱印七福神300円、呑龍上人500円 / 七福神の御朱印は正月三が日・松の内7日間と毎月1日の縁日のみ授与(呑龍様の縁日は毎月8日)

浄土宗。毎月8日の呑龍さまの縁日で賑わう。小江戸川越七福神第五番。

本堂右手に福禄寿を祀る。おびんずる様(なでぼとけ)でも有名。

この社寺の歴史

室町時代、川越城主の母である蓮馨大姉が、人々に安らぎの場をもたらそうと建てた寺で、寺号もこの蓮馨大姉の名にちなみます。呑龍堂の前に鎮座する「おびんずる様」は、自分の悪いところと同じ場所を撫でると治るとされ、いまも多くの参拝者に親しまれています。小江戸川越七福神めぐりの第五番として福禄寿神を祀り、福禄寿は幸せ・財・健康で長生きという三つの徳を具えた神として信仰されています。

出典:蓮馨寺 公式サイト

6番目

見立寺

祀られている神布袋尊
住所埼玉県川越市元町2-9-11
御朱印七福神の御朱印は正月三が日・松の内7日間と毎月1日の縁日のみ授与

浄土宗。永禄元年(1558)、大道寺政繁が建立。蓮馨寺の末寺。小江戸川越七福神第六番。

布袋尊のほか、本尊阿弥陀如来の「無量寿」御朱印もあり。

この社寺の歴史

永禄元年(1558)に開かれた浄土宗の寺で、当初は「建立寺」と称しました。文政10年(1827)と天保11年(1840)の二度の大火で焼失し、現在の本堂は明治14年(1881)に再建されたものです。蔵造りの町並みから菓子屋横丁を抜けた先、新河岸川にほど近い静かな一角にあります。小江戸川越七福神めぐりでは第六番の布袋尊を祀ります。

出典:小江戸川越七福神霊場会 公式サイト

7番目

妙昌寺

祀られている神弁財天
住所埼玉県川越市三光町29
御朱印七福神の御朱印は正月三が日・松の内7日間と毎月1日の縁日のみ授与

日蓮宗。七福神の中で唯一の女神・弁財天(經ヶ嶋弁財天)を祀る。小江戸川越七福神第七番。

「經ヶ嶋辨財天」と呼ばれる。季節限定の切り絵御朱印も授与。

この社寺の歴史

池上本門寺を本山とする日蓮宗の寺で、永徳元年(1381)に池上本門寺四世の日在によって開かれたと伝えられます。江戸時代のはじめは多賀町(現在の幸町)にありましたが、寛保元年(1741)、松平伊豆守信綱による川越城の改修にともなって、現在の三光町へ移されました。祀られる弁財天は、室町時代に土地の領主が法華経を書き写した小石を積んで塚を築き、そこに祀ったものと伝えられ、「經ヶ嶋辨財天」と呼ばれています。小江戸川越七福神めぐりの第七番にあたります。

出典:妙昌寺(猫の足あと)・小江戸川越七福神霊場会

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